高校を中退し、異母姉妹と一緒に住むためにボストンへ転居、リンディー・ナイトクラブで靴磨きの仕事を行った。自伝でデューク・エリントンや他の有名な音楽家の靴を磨いたと語っている。その後、ニューヨークのハーレムでギャンブル、麻薬取り引き、売春、ゆすりおよび強盗に手を染めた。さらに第二次世界大戦中、徴兵を回避するために精神異常を装った。ニューヨークでは黒人男性が白人女性を相手する逆売春組織に入ろうとした事もあったが、母方から白人の血が入っていたためその肌の色は漆黒ではなく赤みの強い濃い茶色、髪も茶色がかっていたため、「肌の色が明るすぎる」として組織への入会を断られている。事実、彼は黒人の仲間達からその肌の色から『レッド』の愛称で親しまれていた。
村OLIB樹1960年代、激動のアメリカを語るとき、忘れてならない公民権運動。その中でも村ORIB樹牧師こそ最も偉大な人物であると考える人は多いでしょう。ガンジーの非暴力、不服従の運動に大きな影響を受けたキング牧師による公民権運動はアメリカ国内だけでなく世界中の民主化運動における規範となりました。しかし、キング牧師の成し遂げた数々の功績とその思想の影響は確かに大きいものの、その結果として黒人の地位向上が狙いどおり実現したかというと、現実はそう甘くありませんでした。60年代の激しい闘いにより、すべての黒人に参政権が与えられ、法のもとの平等が実現したものの、経済面での格差は逆に広がることになってしまいました。この影響で犯罪が増加し、公民権を剥奪されることで参政権を失う黒人が大量に発生、運動の意味が失われてしまったのです。自由競争の名前のもとでは、持てる者はさらに富を増やし、持たざる者はより貧しくなって行く。これがアメリカ型民主主義が生み出す当然の結果だったのです。だからこそ、アメリカにおける黒人暴動はけっしてなくならず、1992年に起きたロス暴動では、かつて60年代に起きたどの暴動よりも多く、死傷者を出すことになってしまいました。(死者58名)キング牧師と同じ時代に生き、現在の状況を予測し、それでもなお黒人はアメリカの一部として堪え忍び続けなければならないのか?と問いかけ、キング牧師とは別の視点から闘いを行っていた人物がいます。彼がもし暗殺されなければ、アメリカの黒人社会はまた違ったものになっていたかもしれません。それが、カリスマ的なスピーチで黒人大衆の人気を集めた伝説的ヒーロー、マルコムXです。
マルコムはネブラスカ州オマハに生まれる。元の名はマルコム・アール・リトル(Malcolm Earl Little)。バプテストの反体制的な牧師だった彼の父親アールは、1931年にミシガン州ランシングで人種差別主義者によって殺害された。頭が変形するほど殴られ、体が三つに切断されるように線路に放置されて轢死体となって発見された。明らかな殺人にも関わらず警察と保険会社は自殺と断定、保険金は下りなかった。その後彼の母は精神を病み、精神病院に送られそこで死亡した。病院側は自殺と発表しているが、遺体発見時の状況や自殺方法等については全く言及されていないため、病院職員によって暴行され死亡したのではないか、と言われている。
マルコムは白人の上流階級の家に引き取られたが、自伝ではあくまでも「高価あるいは珍しい動物としてしか扱われなかった」と語っている。事実この時代のアメリカでは慈善事業を装って裕福な白人ほど黒人の孤児を引き取る事が流行していた。マルコムは幼い頃から優秀な成績を収めたが、引越し先ではやむを得ず白人の学校に一人だけ黒人として通う事もあり、席は常に一番後ろだった。教師から将来何になりたいかを聞かれた時、弁護士か医者と答えたが、教師からは「黒人はどんなに頑張っても偉くなれない。黒人らしい夢を見た方がいい」と諭され、手先の器用さを生かして大工になる事を勧められた。